新企画「JSAG会員書籍紹介」第1弾 藤田由布さんによる書評 國井修氏著 「国家救援医」

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JSAGでは、会員が執筆・編集等に関わった書籍、論文、ブログなどの紹介を始めます。記念すべき第1回は、國井修(グローバルファンド、JSAG会長)氏の著書「国家救援医」(2012年、角川書店)です(アマゾンのリンクはこちらから)。

今回の書評の執筆者は、西アフリカの開発事業に長年携わり、現在は日本で医師として活動を始められた藤田由布さんです。


國井修氏著 「国家救援医」 書評

破たん国家の医師とは一体何者なのであろうか。著者の國井修氏は列記とした日本人医師、そして、一国の自立の手助けをするのが彼の仕事だ。しかし、時には防弾チョッキを着て装甲車で巡回視察し、時にはサイクロン災害の緊急援助に奔走し、時にはスラム街で人間の本当の豊かさについて想いを巡らす・・・益々一体何者なのか分からなくなる。

「超人」とは國井氏のような人のことである。110か国以上で活動してきた医師など、私は他に知らない。医学部に在学中からインドやカンボジアで学び、ハーバード大学で公衆衛生学を学び、東京大学で博士号を取得。国際救急医療援助のNGOを立ち上げ、日本の僻地医療にも従事。外務省や国立国際医療センターを経て、長崎大学熱帯医学研究所で教鞭をとり、ユニセフ職員、そして現在は、世界エイズ・結核・マラリア対策基金(通称「グローバルファンド」)の戦略局長として、途上国の保健政策に幅広く携わっている。こんな経歴など、誰もマネできやしない。目標にさえもできないほど、稀有に富んだ爆発的な超人史である。しかし、そんじょそこらの「超人」ではないのが國井氏だ。日本の地域医療からソマリア難民キャンプに至るまで、僻地・被災地を走り回った國井氏の軌跡は、どことなく人情味溢れていて、希望と失望が入り混じった生身の人間、そんな印象を受けるのだ。近所の診療所にいる気さくで何でも話せる町医者のような愛くるしい人物という印象さえも受ける。真っ黒のスパゲティを御馳走だと思ってフォークを入れるとハエが散り去り、そこには具のないただの白パスタのみ、それをイカ墨パスタと思って美味しく味わえる底抜けのポジティブ精神、やはりタダモノではなさそうだ。停電・断水・虫だらけの環境でもベッドがあれば「心地よい」と言い、どんな食べ物でも「うまい」と言う、そんな「面白超人」が國井氏なのだ。

小学生の頃、担任の先生から「お前の知能指数は平均以下だ」とレッテルを貼られた事もあった國井少年。しかし興味ある物には何でもかぶりついた。きっと、純粋がそのまま大人になると國井氏のような超人になれるのだろうか?! 熱い心で行動する國井少年は、子供の頃から抱いていた情熱で自ら人生を動かし続けたのである。國井少年は、現実を見なかったふりが出来なかったのである。見て感じた現実を背負う覚悟がいつもそこにあったのだ。大人になってからも、だ。

スマトラ沖地震、バングラデシュの竜巻災害、タリバーン崩壊後の戦禍が痛ましく残るアフガニスタンなどなど、記憶に新しい世界のニュース、また、日々放映される巷の難民問題や民族紛争は、日本にいる限り遠い国の出来事に感じてしまう。しかし、この本を通してこれらの世界情勢をみると、現場の情景が明々白々に見えてきて、どんな人がどんな想いでこれらの災害や惨事に携わっているのかを垣間見れるのである。それもそのはず、どれも國井氏本人が直接体験した事ばかりだから。国々の歴史や政治、一国の発展や紛争の背景、援助のジレンマなど、彼の言葉でありのまま叙述されており、ニュースで見聞きするよりはるかに身近な争点として身体にしみてくる、そんな本なのである。

現場は決して教科書通りではなく、何が正解か分からない混沌とした事態に常に遭遇し、これらを想像力と創造力で立ち向かわねばならない。教科書の向こう側を学ぶには、國井氏は病院を飛び出して、目の当たりにした現実に飛び込むしかなかったのだろう。幾度となく命の危険に曝されてきた國井氏だが、やはりこの人は神に生かされ、使命を授かった特別な人間なのではないか、とさえ思えるほどである。

途上国の医療現場には予防可能ながらも、医療の力で治癒できる疾患で命を落とす人々が未だに後を絶たない。日本の地域医療においても医師の偏在、地方の医療過疎は深刻であり、医師不足の地域、受け入れ病院の見つからない救急患者や安心してお産ができない妊婦など、健康に生きることに不安を抱える人々がいる。岩手、秋田、長野、栃木の村々で地域医療に触れ、また携わった時、國井氏は住民と酒を酌み交わし語らい、とことん地域と人を知ることに尽力した。地域行政を巻き込んで住民主導の健康づくりを推進していくこの國井戦法の支援の主人公はいつも地域住民なのである。國井氏にとって、ソマリア難民キャンプは日本の僻地医療の延長線上にあり、いつもどれも身近な課題なのだ。
ひとの夢は単純で純粋なほうがいい。思い込みが強ければ強いほど、ひとを動かす力も強い。國井氏の言葉は重くて優しい。どんな人生にも何らかの「縛り」や「制限」があるけど、むしろこの制限の中で学ぶ事が多い。回り道をすることで、違った世界を見て、人生に楽しみやゆとりが増えることもある、と彼は言う。

私はアフリカへ戻るために随分と遠回りして医師となったのだが、年増で新米医師として人生再スタートする私にとっては、この本が心ゆさぶる応援歌に聞こえて仕方ない。國井超人が最後に締めくくった言葉「私は諦めない」。これほどまでの超人がまだ戦っているじゃないか。ならば、私もとことん地面を這いつくばっていってやろうじゃないか、と、國井超人の大きく優しい背中を追いかけたくなるのである。

2015927
文責: 藤田由布


関西大学でメディア制作を専攻し、青年海外協力隊でニジェールの保健省で教育教材開発に携わる。西アフリカでカーターセンター職員としてGuinea Worm撲滅に従事したのち、開発コンサルタント等を経て、XX歳のときに一念発起し医学部に入り直す。2014年に欧州と日本の医師免許を同時取得し、現在は研修医として、さいたま赤十字病院に勤務。産婦人科医の専門医を目指しつつ、西アフリカ帰郷を志望。

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